カテゴリ:おでかけ( 194 )

最後も六文銭で終わりました。

<2016年5月5日>

 高野山と九度山の旅から帰る日です。

 宿のチェックアウトは10時。
 チェックアウト後は部屋には留まれませんが、荷物をフロントに預けて入浴は可能です。
 ですが、支度を整えた後ですし、このまま帰ります。

 とはいうものの、まっすぐ橋本駅に行くには早すぎます。
 ちょっと時間を取り過ぎました。

 さて、どうしたものか・・・
 
 前日、車が停められず、素通りだった 『道の駅 柿の郷くどやま』 に寄ってみることにしました。

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紀ノ川にかかる 「高野参詣大橋」 を渡り、 続く柿の木畑の中の道を行き・・・この道を通るのは3度目? 4度目?

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10時をまだ15分しか過ぎていないのに、駐車場はもう満車! 交通整理のおじさんに教えてもらい、隣の体育館の駐車場へ。 枠外でしたが、どうにかスペースをみつけました。 
「道の駅」隣接の芝生の広場を横切っていくと、 2日後に行われる 「真田まつり」 の準備が進められているようでした。

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敷地は広いのですが、「道の駅」には野菜の産直所、 ベーカリー と、 イベントスペース、くらいでレストランなどは無し・・・

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ここで 『真田丸』 のパネル展を見ることになるとは! 

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上田のポスター発見。 一枚きり、どんな経緯でここに来たのでしょう。

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イタリア製のマシンで、和歌山特産の柑橘類のジュースを絞っていました。 一杯いただいて、さてそろそろ行きますか。

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周辺案内図に高野山朝石道がありました。

全体がここで初めて掴めました。

再訪するには遠いですが、
もし機会があったら、
歩いてみたい気もします。

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橋本駅に戻ってきました。

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着いたときには気づきませんでしたが、
いずこも同じ赤備えです。

d0264892_0532956.jpgd0264892_054529.jpg駅員さんも赤の陣羽織。
いずこも同じ・・・
上田では郵便局の方々が黒の陣羽織姿です。


今回の旅は、「真田」をキーワードに計画したものでしたが、
真田関連を横に置いても、 見どころが多く、たっぷり堪能できました。

弘法大師についても通り一遍の知識しかないままでしたが、 以前に 「空海」 の法名を得、修行を積んだといわれる四国・室戸を訪れているので、締めくくりができた気がします。

お天気にも恵まれ、良い旅になりました。
by spring-ephemeral | 2016-05-20 01:21 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

九度山 2 ~慈尊院 ・ 丹生菅省符神社 ・ 丹生都比売神社~

<2016年5月4日>

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高野山への表参道の入り口にあたる九度山は、高野山と深い繋がりがあり、世界遺産 「紀伊山地の霊場と参詣道」 に含まれる構成要素が点在しています。

今回はそれらの要素のうちの3ヶ所を巡ることになりました。

《慈尊院》

弘法大師が高野山を開くとき、庶務を司る政所や宿泊所を置いた 慈尊院 は、 後に弘法大師の母公が移り住みました。 弥勒菩薩を信仰した母公の没後、弥勒堂が建立され、 「女人高野」 として信仰を集めます。

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拝殿の向こう側に 弥勒堂があります。 国宝 弥勒菩薩像 は見ることができません。
弥勒堂の前には「弥勒石」があり、絵馬がたくさん奉納されています。 乳房の絵馬は女性が手作りして奉納します。 安産祈願や、母乳がでるようにという祈願をはじめ、女性の病気平癒や健康祈願といった「女人高野」に因んだ願い事をされる方が多く訪れるそうです。

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西側の門は古く、左右の土塀は和歌山県内でも古い土塀だそうです。

土塀に沿って道が続いていますが、この道が 「高野山朝石道(ちょういしみち) 」 (世界遺産) です。
この「慈尊院」 から、 高野山上(壇上伽藍)まで、約22キロに、180基の朝石(ちょういし) が1朝(約109メートル)ごとに立てられています。 徒歩約7時間の行程で、古の人々は皆この町石道を通って高野山を参詣したそうです。

不勉強で、実は当地に行くまで知らず、高野山では見逃していました。
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拝殿の右にある多宝塔は県指定の文化財です。 その奥に石段が見えますが、 『丹生官省符神社』 に上る石段です。

《丹生官省符(にうかんしょうふ)神社》

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d0264892_041857.jpg119段の石段を上った先にある 丹生官省符(にうかんしょうふ)神社 は
弘法大師が創建したと伝わる社で、
守り神として地元にゆかりの
丹生都比売(にうつひめ)・高野御子の2神を祀ります。

境内から高野山を望むことができます。

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《丹生都比売(にうつひめ)神社》

丹生都比売(にうつひめ)神社』 は九度山から車で30分、天野というところにあります。 上の地図では左下の欄外あたりで、少し離れたところにあるため、時間があれば、と思ってはいたのですが、ある理由のため、足を伸ばすことになりました。

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九度山は 柿 の産地です。 見渡す限り、というと大げさですが、それほどに柿の木畑が広がっています。

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あっという間に道は高台へ、山の中へ。 「こんなところになにかあるのか?」 とツレアイも不安げですが・・・

d0264892_028661.jpgひと山越えると、突然集落が現れました。










丹生都比売神社 はこの集落の入り口にありました。


丹生都比売神社 は弘法大師を高野山へ導いたとされる 丹生都比売(にうつひめ) を祀る古い神社です。 
太鼓橋、楼門、社殿は重要文化財です。
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社殿を横から拝し、太鼓橋の脇を通って戻ります。
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さて、ここまで来たのは、昼食を摂ろうと思ったからなのですが・・・
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白州正子さんともゆかりがあるというこちらの古民家カフェで食事を、と思っていたのですが、
ラストオーダーより1時間以上前というのに、売り切れでした・・・残念・・・

実際には3番目の丹生都比売神社を先に訪れました。
というのも、お昼を食べるところが無かったためなのです。 

高野山から九度山まで2つほどドライブインがありましたが、その他に食堂が見当たらず、九度山には人気の蕎麦屋さんがありますが、 とんでもない数のウェイティングリストで断念。

ならば道の駅に、と思ったのですが、第一、第二、第三、第四駐車場まで満車。 さらに遠くの駐車場になりそうなので、それもあきらめ、
慈尊院を先に拝観しようとすると、ここも車を停められず・・・

ひとつ当てがあったのが、事前に一応チェックしてあった丹生都比売神社近くのカフェでした。
ところがここも・・・

とにかく、食べるところがありませんでした。 仕方なく、車で30分、九度山の隣の かつらぎ町の 道の駅 『紀ノ川 万葉の里』まで下りて、ようやくお昼を食べることができました。
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ラーメンは可も無し不可も無し。 紀ノ川を眺め、時計を見ると・・・宿はすぐそこです。 まだ1時間以上早い。

というわけで、再び九度山まで15分戻り、『慈尊院』 と 『丹生官省符神社』 を見ることができた、という次第です。

宿は 『かつらぎ温泉 八風の湯 別館』。 また かつらぎ町 に戻ってきます。  

狭い範囲ではありますが、行ったり来たり、右往左往の九度山でした。
by spring-ephemeral | 2016-05-17 01:28 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

九度山 1 ~真田庵~

<2016年5月4日>

高野山からふもとの九度山に向かいます。

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稜線だけ見ると、なだらかですが、谷は深く急峻です。

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高野山は長野の松本とだいたい同じ標高ですが、 少し下ったところでは長野より季節は先に進んでいるようでした。

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我が家が降りた 橋本 の一つ先、終点の 極楽橋 へ続く南海高野線の橋梁。

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高野山から車でおおよそ45分。 九度山にやってきました。

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九度山駐車場 に運良く停められました。 我が家の後、すぐに空き待ちの列ができました。 (高野山は右下の方向)

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駐車場から5分ほど。 細い路地を上がっていくと 『真田庵』 がありました。 

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行ってびっくり! どこから人が現れたのか、湧いたのか! 人、人、人・・・
さらには境内は幡、幡、幡・・・で囲まれています。 いや、すごい! 上田の比ではありません。

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提灯にも六文銭。

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真田昌幸・幸村(信繁)が暮らした屋敷跡に建つ小さな寺で、見てまわる、というほどの広さはありません。 あっという間に門から出てしまいました。

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こちらが正門だったようです。

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d0264892_1572367.jpgおりしも3日後の5月7日、8日は九度山の 「真田まつり」。
家ごとに提灯や飾りが下がっています。

パンフレットによると、
まつり には 武者行列が練り歩き、真田十勇士 が大人気 とのこと。
デジャブ のような・・・
なんだか妙な気持ちです。

「真田庵」から細い路地を歩くこと数分。
真田の抜け穴、といわれていた 真田井戸に着きました。

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幸村が村人たちを呼んでの宴の最中、この抜け穴を通って屋敷を抜け出し、九度山を脱出して大阪城に向かった、 と言われる 「真田井戸」 で、実際に横穴が見えますが、 実は「古墳」であったことがわかっています。
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なんとなくここまで来てしまいましたが、 真田昌幸の墓所が寺にあるはずです。 『真田庵』に戻ります。

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本堂の前に小さなお社があり、傍らに 昌幸のお墓が、 その奥に幸村と、幸村の長男大助の供養塔がありました。

真田父子の九度山での暮らしは困窮し、兄信之や姉の松からの仕送りが頼りだったそうです。
暮らしの助けにと、この九度山の地で父子が内職で 真田紐 を作っていたといわれています。

川があり、山があり、河岸段丘でもあるこの地は、信州真田に少し似ているでしょうか。
父昌幸は、二度と九度山を出られることはなく、失意のうちにこの世を去りました。
今日の真田人気と、訪れる人の多さに、昌幸はさぞ驚いていることでしょう。

さて、九度山は真田父子が隠棲した地、というだけでなく、高野山との繋がりの上でたいへん重要な地でもあることが訪れてみてわかりました。
次回は、高野山に繋がる九度山を歩いてみます。
by spring-ephemeral | 2016-05-14 02:43 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

高野山 5 ~蓮華定院~

<2016年5月4日>

  『蓮華定院』 は 高野山の中でも忘れずに訪れておきたいところでした。

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「女人堂」のほど近く、高野山内の北のはずれに所在します。

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関が原の戦いの後、高野山に蟄居を命ぜられた真田昌幸・信繁(幸村)父子が、最初に身を寄せた寺です。

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上田をはるか離れた高野山の山中で見る 六文銭 に感慨ひとしおです。

宿坊でもあり、内部は一般には公開されていません。
縁起によれば、現在の本堂と庫裏は萬延年間に真田家によって再建されたものとのことです。

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墓所はお隣のお寺との間の細い道を、お寺の裏手に登ったところにあります。
ここには、松代藩の初代藩主になった、真田信之と、二代藩主の信政の供養塔があります。
今でも年2回、子孫の方がお参りに来られるそうです。

徳川方についた信之は、第二次上田合戦や、大阪の陣での昌幸、幸村(信繁)の活躍のおかげで、日々針のむしろであったことは想像に難くありません。
そのような状況を耐えたのですから、きっと実直で、真面目な人柄であったのでしょう。
当時の人としては92歳という長命で、徳川将軍4代に仕え、晩年は相談役のように慕われ、一目置かれていたと伝わっています。
お父さんと弟の分まで生き、真田の名を後世に残す礎となったのですから、お兄ちゃんは偉かった、と思います。

さて、ここまで来たら 「女人堂」 までそう遠くないのですが、上り坂ですし、目的は達せましたので、車に戻り、九度山へ下りることにします。

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by spring-ephemeral | 2016-05-13 00:31 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

高野山 4 ~金剛峯寺 ・ 徳川家霊台~

<2016年5月4日>

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 壇上伽藍、大門、と続いて、 高野山真言宗の総本山 『金剛峯寺』 を拝観します。

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正門にやってきました。 金剛峯寺では最古の建物で、 皇族や高野山の重職のみが出入りできた門だそうですが、今は一般に公開されています。

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正門をくぐると、主殿が目の前に。 屋根の上に天水桶が置かれています。 火災が発生したら、ここに貯まっている雨水で類焼を防ぐのが目的です。

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紫の幔幕が張られているのが 「大玄関」 。 天皇・皇族や高野山の重職の玄関です。 
その向こう、小さな屋根があるのが 「小玄関」 で、上級の僧侶が使用し、 一般の僧侶の出入り口は裏口だったそうです。
 
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「大玄関」 と 「小玄関」 の間から靴を脱いで上がり、中を拝見します。 振り返ると、正門と鐘楼があります。
中は、襖絵以外、どこを撮影しても良いのですが、 拝見するほとんどは部屋で、部屋には必ず襖絵があるので、結果として写せたのは廊下や庭でした。

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まずは 主殿 から。
大広間、梅の間、柳の間、と続きます。(写真はHPから)

d0264892_058358.jpg 梅の間。

d0264892_10115.jpg柳の間。 「秀次自刃の間」として知られています。


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渡り廊下を 新別殿へ。

d0264892_141171.jpg新別殿は。昭和59年(1984)に参詣者の接待のために建てられました。


法話が随時行われていて、
いつでも自由に聞くことができます。




お茶とオリジナル麩菓子をいただいてしばし休憩。
料金は拝観料(500円)に含まれています。


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別殿へ。
昭和9年に建てられた建物で、守屋多々志 画伯による襖絵が描かれています。

奥殿

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別殿の廊下を回りこんでいくと、蟠龍庭(ばんりゅうてい) の全景が現れます。

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石庭としては日本最大級だとか。

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普段は非公開の奥殿 が特別に公開されているのでひと回りします。

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奥殿 の右手にも、小ぶりながらすっきりとした石庭がありました。

主殿に戻り、奥書院、上檀の間 など見てまわります。

d0264892_1194640.jpg上檀の間右の、房のついた襖の向こうには部屋があり、
武者隠し」と呼ばれます。(写真はHPから)


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緑の木々に心和む「四季の庭」はシャクナゲが咲いていました。

この後、広い台所などを見て、入り口に戻ってきます。
d0264892_1251728.jpgかまどは今も使われています。 (写真はHPから)


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会下門 から出ます。

さて、ここから徳川家霊台 に向かうのですが、 新別殿でお茶をいただいたあと、どこかで地図を落としてしまいました。
複雑な道ではないので一応覚えていますが、念のため角の薬屋さんで教えてもらいます。

d0264892_1391947.jpgd0264892_1394145.jpg高野山には52の宿坊があるそうですが、
立派な宿坊が右にも左にも。


d0264892_141813.jpg交番の前を通って
ゆるい上り坂を歩いていきます。


d0264892_1431761.jpg左には、金剛峯寺の境内と思われる杉の林が続いています。


d0264892_1444919.jpg「浪切不動尊」 には
弘法大師作と伝わる浪切不動明王が祭られていますが、
秘仏で、毎年6月28日にのみご開帳なので、
寄らずに行きます。


d0264892_1485479.jpg浪切不動尊 を横手に入ると
徳川家霊台があります。


《徳川家霊台》

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石段を上った先、さらに石段を上った高台にあります。

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斜面の上で幅がないので、全景を写すには右か左に寄らなければなりません。

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右が家康、左が秀忠の霊屋です。 大きさは同じに見えますが、彫刻の意匠も違い、家康のほうには鳥居があります。
内部は絢爛豪華なつくりだそうですが非公開。 昨年(2015年)には公開された期間があったようです。

徳川家の供養塔は奥の院にはありませんでした。
やはり別格です。

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徳川家霊台に曲がる角に高野槙の巨木がありました。

右に行くと、目的のひとつとしていた 『蓮華定院』 はすぐそこです。
by spring-ephemeral | 2016-05-12 02:21 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

高野山 3 ~壇上伽藍 ・ 大門 ・ 蓮池~

<2016年5月4日>

 總持院を早めにチェックアウトし、車は駐車場に置かせてもらって散策に出かけます。

《壇上伽藍》

 まず、總持院からすぐの 壇上伽藍 を拝観。

d0264892_1341348.jpg根本大塔」 の大きさにびっくり。

裏手の入り口から入ったので、こちらは裏側ですね。


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右手に(手前から) 御影堂(みえどう)、准胝堂(じゅんていどう)、孔雀堂 があります。   赤い囲いの松は?
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d0264892_1581614.jpgd0264892_1583842.jpgさらに右奥の
西塔(さいとう)と御社(みやしろ)は、
撮らなかったので
HPから拝借。

d0264892_223742.jpg根本大塔」の、こちらが正面です。
内部は公開されていますが、撮影禁止。

「胎蔵界」の大日如来を中心に、
「金剛界」の四仏がその周りに安置されています。

建物の前の柱は、
昨年(2015年)が開創1200年の記念の年だったので、
その折の回向柱と思われます。

d0264892_14153545.jpg根本大塔」から右手に 「金堂」。 

d0264892_14174549.jpg金堂」正面。
同じく回向柱が建っています。

d0264892_14223785.jpgいったん 「中門」 から出て、
高野山の西の入り口に建つ 「大門」 へ。


《大門》

「大門」まではおよそ1キロ。 上り坂なのでもっとあるような感じがします。

d0264892_032736.jpg見えてきました。

d0264892_052364.jpg高さ25メートルの楼門。

これは裏から見ているので、
表側から撮ろうと思ったのですが・・・

d0264892_075187.jpg全景を写そうとすると、
太陽がまともに入ってしまいます。
ぎりぎり太陽を避ける位置からだと
これが精一杯。

d0264892_0144734.jpg来た道を戻ります。

前日車で一杯だったこの道、
私たちが帰る頃には
この日も、中心部に向かう車の列ができていました。

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d0264892_0215991.jpg壇上伽藍」の中門に戻ってきました。

このまま道なりに 「金剛峰寺」 まで行っても良いのですが、
車道を歩くより、
せっかくですから、
中門から再び中に入り、
右手の 「蓮池」 を通って行くことにします。


《蓮池》

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d0264892_03226.jpg赤い橋を渡っていくと、
池の中ほどに小さなお社があります。

d0264892_0345650.jpg善女竜王」 を祭る
善女竜王社」。
雨乞いの神様だそうです。

d0264892_038245.jpg橋を渡り、

d0264892_0391642.jpg左に折れて「大会堂」の前に出ます。

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「大会堂」の斜め左に国宝に指定されている 「不動堂」 がありますが、良い写真が撮れなかったのでHPから借用します。

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d0264892_144941.jpg西行桜」、 「三昧堂」 、
東塔」 と巡り、

d0264892_183286.jpg新緑の 「蛇腹道」 を通って、
東側の入り口に出てきました。

次に訪ねる 「金剛峰寺」 はすぐそこです。
by spring-ephemeral | 2016-05-11 01:32 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

高野山 1 ~奥の院~

<2016年5月3日>

 高野山は、 奥の院 からまわることにします。 (地図は高野山のHPから)
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 まずO中の橋の駐車場に車を停め(無料)、1キロちょっと歩いて戻り、O 「一の橋」 から奥の院参道に入ります。
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d0264892_2341587.jpg橋を渡ってすぐ、仙台伊達家の大きな供養塔が現れ、特別な場所に足を踏み入れたことを実感します。

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杉の大木が鬱蒼と続く並木道の両側に、名だたる戦国武将や大名の、墓所や供養塔が立ち並びます。
静謐で神聖な空気に満ち、、少し畏れにも似た気持ちが湧きます。 
墓所や墓石を写すのは好まないのですが、 有名な名前が並ぶので思わずカメラを向けてしまいます。

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武田信玄・勝頼供養塔。

弘法大師の腰掛石
カメラの角度が良くないのですが、肝心の石は、囲いの中にあります。d0264892_23554795.jpg

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上杉謙信・景勝供養塔。

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石田三成(左) ・ 明智光秀(右) 供養塔。

O 「中の橋」 を渡ります。 
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「中の橋」 を渡ったところに 「汗かき地蔵」 と 「姿見の井戸」 があります。

d0264892_0244021.jpgお堂に祀られているのが「汗かき地蔵」。 
中がよく見えないのですが、
祀られているお地蔵様は、まるで汗をかいているように
いつも露がついています。
衆生の身代わりとなって地獄の責め苦を受けておられるのだとか。

右の、人が覗いているのが「姿見の井戸
水面に自分の影が映らないと
3年以内に命がなくなるといわれています。
はい、影映りました。 良かった!


ゆるゆると続く 覚鑁坂(かくばんざか) を越えて行きます。

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この坂で転ぶと3年以内に寿命が縮むとか。 数えませんでしたが、石段の数は42(死に)を越える43段あるそうです。

d0264892_0455773.jpgあらら、肝心の供養塔を撮り忘れました。
耳をあててみましたが、
なにも聞こえませんでした。

d0264892_049135.jpg 「一番石(いちばんせき) 」
二代将軍徳川秀忠の正室崇源院(お江)の供養塔。
奥の院で最大の大きさを誇り、
高さは6.6メートルあるそうです。


d0264892_056548.jpg 「化粧地蔵」 。
このお地蔵様にお化粧をすると
願い事が叶うそうですが、
化粧道具を持っていかなかったのでお願いできませんでした。

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豊臣家供養塔。


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織田信長供養塔。


水向地蔵
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玉川のほとりに並ぶお地蔵様や観音様に水を手向けてお参りします。

水向地蔵のすぐ横に 「御廟橋(ごびょうばし) 」 がかかります。

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これから先は撮影禁止。
脱帽。 身支度を整え、一礼して渡ります。

弥勒石。 橋を渡ってすぐのお堂にあります。 持ち上げたとき、善人には軽く、悪人には重く感じるといわれます。 持ち上げることはできましたが、重かったか、軽かったか・・・? ナ・イ・ショ

弘法大師が今でも見守っておられる御廟。 平素不信心で、がさつに暮らしている身ですが、手を合わせると、不思議と心が静まり、厳かな気持ちになりました。

2万基以上といわれる燈籠が天井に並んで下がる 燈籠堂 などを拝見しながら一周し、戻ります。

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「化粧地蔵」の横から中の橋口に向かいます。

大杉の林を抜けると近代的な公園墓地に出ます。 多数の有名企業の墓所や供養塔が並び、 一種のステイタスシンボル的な雰囲気を感じます。 変わったところでは しろあり の供養塔も。

苔むした石塔が並ぶ参道とは対照的に、明るく開けて様々な形のモニュメントがあってそれなりに見飽きませんが、 基本的に墓地なので、眺めながら通り過ぎました。

日が翳り、風も出て、上着を着なかったので少し肌寒くなってきました。 
車に戻り、この日の宿、総持院 に向かいます。
by spring-ephemeral | 2016-05-08 02:14 | おでかけ | Trackback | Comments(4)

高野山へ

<2016年5月3日>

 d0264892_2256993.jpgお天気が心配でしたが、なんとか持ちそうです。

かなり霞んでいますが、
どうにか富士山も見えて
幸先の良い旅のスタートになりました。

d0264892_22581397.jpg東海道新幹線で新大阪まで。
地下鉄御堂筋線に乗り換えて 難波 へ。
南海電鉄 「特急 こうや」 で 橋本 まで行きます。

d0264892_23205.jpgd0264892_2321496.jpgくるくると自動で座席が回ります。
すごい! と感心したら、
今はみんなそうだと、
ツレアイに笑われました。

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橋本駅もすっかり 『真田丸』 仕様ですが・・・ 降りるお客も少ないし、拍子抜けするほど静かで、何もない駅前です。

d0264892_23103040.jpg橋本で車を借ります。
トヨタレンタカー。 空色のヴィッツです。 

レンタカーのカウンターにも
真田の赤備え。

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「幸村の里へ」の大きな看板。 上田よりすごい。

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杉や、おそらく高野槙の林が続く山深い道をくねくね上って行くと、およそ50分弱で高野山です。
by spring-ephemeral | 2016-05-06 23:28 | おでかけ | Trackback | Comments(4)

高野山 と 九度山へ。

 明日(2016年5月3日)から高野山を訪ねるのですが、
上田市民としましては、高野山はもちろんですが、 絶対外せないのが 九度山 です 。

 九度山は高野山の麓にあり、
 関が原の戦いのあと、真田昌幸、幸村父子が蟄居命じられ、隠棲した地です。

 現在放映中の大河ドラマ 『真田丸』 で父、真田昌幸役の 草刈正雄 さんが、
 息子、真田幸村を演じられた1985年のNHK水曜時代劇、『真田太平記』 のころから、
 九度山に行ってみたいと思ってきました。

 ここにきて 『真田丸』 に背中を押され、ようやく実現の運びとなりました。

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 『真田丸』 の中で 九度山 が登場してくるのは秋頃ではないかと想像し、
 9月か10月なら、良いタイミングかと思っていましたが、
 今年は私が自治会の役を引き受けることとなって、秋にはいろいろと行事がありそうなので、
 この連休に行くことにしました。
 かえって今のうちのほうが、まだ静かに散策できるかもしれません。
 
 真田を巡る高野山と九度山の旅。
 一泊目は宿坊に、二泊目はふもとの温泉に泊まります。
 お天気がちょっと心配ですが、あまりひどくならずにすみそうでほっとしています。

 
by spring-ephemeral | 2016-05-03 00:25 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

桜を追って草津へ

<4月23日>

 タイトルは 「桜を追って」 ですが、
 実際は 「桜を追うことになった」 というのが正確なところです。

 ※ 旅行用に使用していたコンデジのイメージセンサーに不具合が生じて買い替えました。
   あわよくばちょっとでも下取りになれば、と思いましが、査定0。
   まあ、かなりのヘビーユースで使い込みましたから、納得です。
   同じメーカーの同じシリーズですが、新しくなると使い勝手も違うもので、習うより慣れよ。
   写真の枚数が増えました。

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真田・本原(もとはら)  新芽が吹き始めた山肌に山桜が点々と。

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真田・大日向(おおひなた)  今満開の桜。

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鳥居峠を越えて、田代のあたり  四阿山。 

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嬬恋  濃いピンクはオオヤマザクラでしょうか。 

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嬬恋・三原大橋交差点  長い桜並木が満開でした。 沼田に続く 真田街道 ということで赤い幟が並んでいます。
この交差点を左折して59号線を行くのが草津への近道です。

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天気は良く、振り返ると浅間山がくっきりと。

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なだらかな丘陵の先に白根山もきれいです。
景色も良いので好きなルートです。

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八部咲きくらいの桜がところどころに見られてきれいです。

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292号線に合流して草津節のメロディーラインを過ぎれば草津温泉はまもなくです。

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志賀草津ルートの冬季閉鎖が解けて通り抜けできるようになったためか、いつになく賑わいを感じる草津の町です。

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宿の入り口にきれいな桜がほぼ満開でした。
by spring-ephemeral | 2016-04-25 02:31 | おでかけ | Trackback | Comments(6)