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小樽・函館2泊3日 1日目の3 ~八紘学園花菖蒲園~

 <2016年7月16日>

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 八紘学園は、札幌ドームに近い場所にある2年生の農業専門学校です。
 その農作業実習の一環として学生さんが管理している花菖蒲園があり、毎年花が咲くこの時期だけ一般公開されています。

 今年(2016年)は7月6日から7月23日までが、その一般公開期間です。

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 2haの広い敷地に、450種、 7万株 の花菖蒲が花を咲かせます。
 江戸時代から続く品種や、新しく開発された品種など、列ごとに名前の札が立っていますが、あまりに多くて、個別の花をカメラに収めるのは諦めました。

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 ただ、満開のピークは過ぎていて、すでに種になっている列や、花がまばらになってしまった列もありました。 もう数日早ければもっと見事だったのになあ・・・

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その代わりというわけでもありませんが、園内のラベンダーは見ごろを迎えていました。

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園を縁取るギボウシは満開。

 
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少し残念ではありましたが、咲き残っている花菖蒲もきれいでしたし、訪れることができて良かったです。
 
さあ、小樽に向かいましょう。


 
by spring-ephemeral | 2016-07-22 01:05 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

小樽・函館2泊3日 1日目の1 ~レンタカー~

<2016年7月16日>

d0264892_0181487.jpg飛行機に乗るのは昨年5月の沖縄旅行以来です。

このJALに乗ります。

飛行機は乗っている時間は短いですが、
乗るまでに時間がかかること。

d0264892_0202473.jpgd0264892_0204392.jpgいろいろな飛行機がいます。
エバー航空(左)はキティちゃんデザイン。
スターフライヤー(右)はなかなかシックな色合いです。

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そうこうしているうちに10分ほど遅れて出発です。 天気は悪くありませんが、ずっと雲がこんな感じで地上の眺めはありませんでした。

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北海道上空までくるとすっかり晴れ。 パッチワークのような地上や山並みがきれいです。

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飛行機というと以前にも何度か書きましたが、かつて非常に怖い思いをしたので、以来気がつくと肘掛けを掴む手に力が入っていたりします。
考えてみれば、あんなに上下左右に激しく揺れても落ちなかったのですから、滅多なことは起こらない乗り物なのですが、怖かった記憶はなかなか消えません。

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たいして揺れることなく、無事到着。 良かった。

d0264892_0522826.jpg前に新千歳空港に降りたときは、
レンタカー会社は近くにあったと思うのですが、
今は車で7、8分かかる場所にレンターカーポートができていて、
各レンタカー会社がそれぞれマイクロバスなどで空港との間をピストン輸送しています。

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今回JTBではニッポンレンタカーを手配してくれました。 車種は日産NOTE。 まだ600kmしか走っていない新車でした。
注目すべきはナンバー。 『れ』ナンバー は初めてです。 レンタカー暦はかなり長いほうですが、今まで見たことはありません。
ちょっと調べましたら、レンタカーのナンバーは 「わ」 と 「れ」 の2種類が割り当てられていて、 通常は 「わ」 が一杯になったら 「れ」 になるのですが、北海道はなぜか初めから 「れ」 ナンバーも使われていたそうです。
とはいえ、今まで北海道で借りた車は「わ」ナンバーだったと思うのですが、レンタカーの台数もきっと増えたのでしょうね。
今回、『わ』 ナンバー も見かけましたが、それ以上に本当に 『れ』 ナンバー がたくさん走っていました。

余談が長くなりました。
出発します。

まずはピザを食べに行きます。
by spring-ephemeral | 2016-07-20 01:53 | おでかけ | Trackback | Comments(4)

小樽・函館・新幹線 2016年7月

 2016年7月16日から始まるこの3連休に北海道に行ってきます。

 北海道には過去5回行っていますが、すべて山登りのため。
  ① トムラウシ
  ② 羊蹄山 --- 十勝 --- 旭岳
  ③ 利尻
  ④ 雌阿寒 --- 雄阿寒
  ⑤ 斜里 --- 羅臼
 我ながらよく行ったものです。 若かったなあ・・・

 その後ツレアイはなかなか休みがとれず、今では我が家の休日はまったくのカレンダー通り。
 北海道へ行くには日にちがとれないもの、 当分無理ね・・・ とほとんど諦めていました。
 しかし、昨年、「いや、待てよ」 と意識に変化が起こりました。
 きっかけは、母が友人ふたりと、2泊3日で札幌・小樽に行ったこと。
 しかも松本空港発着の計画でしたから、初日の千歳到着は午後2時ころ。
 それでも、おいしいものを食べて、十分楽しんで帰ってきました。

 欲張らなければ、2泊でも行って来れるかもしれない

   多くの場所には行けませんが、我が家のことです。
   観光にはさほどこだわらず、温泉と宿と、おいしいものに出会えればそれでよし。
 
   それなら、行ってみたいと長年思っている宿があります。
   美味しいという食堂も。 7月ならまずはウニかな。
 
   そうそう、3月に開通した北海道新幹線にも乗ってみたい。

 計画は膨らみ、
 昨年の夏の終わりに、小樽と函館の宿を予約しました。
 松本からだと半日使えないのがもったいないので、行きは羽田から、朝イチの新幹線で間に合う便で千歳へ。
 車を借りて小樽ー函館と回り、
 新幹線で戻ってきます。

 計画を立てたとき、自治会の役をやることになろうとは思ってもいませんでしたが、
 もし、なにか自治会の行事と重なることがあっても、
 これだけは譲れないと、決めていました。
 幸い、行事はなく、やれやれ良かった。

 ここにきて、ひとつ気がかりができたのが母の腰痛でしたが、薬も効いて、痛みもなく、とても元気な状態なので、安心です。

 「」が絡まない、初めての北海道、
 どうやらお天気も悪くなさそうですし、とても楽しみです。

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(HPより)


 

  
 
 
 
 
 
by spring-ephemeral | 2016-07-15 00:52 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

サクランボ狩り

<2016年6月19日>

 さあ、今回の目的、サクランボ狩りをして帰ります。
 お昼ごはんはサクランボだ!

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 最後にサクランボ狩りに来たときは父も一緒でしたから、もうかれこれ7、8年が経ちます。
 そのときと、その前のときの2度は同じサクランボ園に行ったのですが、
 名前も忘れていますし、場所もおぼろげですので、
 宿を出るときに、地図をもらい、お薦め農園を教えてもらいました。

 一番大きくてカフェもあるというそのサクランボ園に行ったところ、車の列ができています。
 最後尾に並ぶと、園の方がやってきて、「ただ今いっぱいで、1時間ほどお待ちいただくようになります」 とおっしゃいます。
 えーっ・・・
 1時間なんて待てません。

 すぐに諦めて、ほかに行くことにしました。
 
 特になにかの根拠があったわけではなく、そこから一番近いように思われて決めたのが、 
 地図の中の、赤い枠で囲った 「斉藤観光果樹園」 でした。

 ナビに導かれてサクランボ畑の中の坂道を上っていくと、なんとなく見覚えがあるような・・・
 目的の果樹園に着いて、母も私も確信しました。

 ここ、前に来た観光果樹園だ!

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(空と、サクランボの木を覆うビニールハウスの屋根が同化しています) 

 入園料はひとり 1,100円。 
 時間は30分

 受付をすると、園のおじさんが案内してくれます。
 母の足が悪いのを見て、「あまり歩かないほうがいいねえ」 と入り口に近いあたりに連れて行ってくれました。 

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 いざ、サクランボ狩り開始!
 30分という制限時間は短ように思われるかもしれませんが、 十分です。 いやというほど食べても時間が余るくらいです。 サクランボは数を数えていられませんが、かつて、イチゴ狩りでそれぞれひとり100個余を食べた親娘が言うのですから、確かです。

d0264892_23312194.jpg<紅さやか>
和製アメリカンチェリー。
いつもならもう無いのですが、今年は気候が良かったせいか、
「まだ頑張って残っている」 とのこと。


d0264892_23335980.jpgd0264892_23341321.jpg<紅ゆたか>

d0264892_2335465.jpgd0264892_23351831.jpg<紅秀峰>

<佐藤錦>の次に出回る品種です。

 見ただけでは違いがわかりませんが、食べ比べると、微妙に味わいが違います。  このほかの、名札のない木はみんな <佐藤錦> です。
 どの品種もおいしかったのですが、なんといってもお目当ては <佐藤錦> 。
 <佐藤錦> の最盛期は6月中旬。 そもそもそれを狙っての今回の日程です。

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手の届く下のほうでもおいしいのですが、日当たりの良い上のほうの実は色も赤く、よりおいしいので脚立は必需品。 園のあちこちに置いてあります。
 「雨じゃあ、木に登れない」 と心配していた母ですが、さすがに自分では登れないので、私が脚立に上り、次々に手渡します。
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 めいっぱい食べて、入り口の小屋に戻ります。 休憩の椅子があり、山形名物玉こんにゃく をサービスしてくれますが、もうお腹に入りません・・・
 観光バスがやってきて、大勢のお客さんが降りてきました。
 いい時に来ました。

 今年のサクランボは、大きくて、甘くて、美味しくて、大満足でした。

 来年も来たいね。 
 来れたらいいね!
 

 
 



 
 
by spring-ephemeral | 2016-07-05 00:22 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

新潟・妙高高原 『苗名滝』

<2016年6月11日>

今年も前日10日から一泊ドックに行きました。

私の結果は、正式なレポートを待たなければ100%ではないものの、とりあえず良好!
特に、胃はピロリ菌陰性で、胃炎も無し。 カメラは5年に1度で十分との判断をいただき、これが一番嬉しい!

ツレアイは、少々難点ありですが、痩せれば一挙解決するはず。

というわけで、気分も晴々、恒例 「打ち上げ」 に出かけます。

行き先はここ数年定番になっている赤倉です。
ドックも毎年少しずつ段取りが変わり、今年は早めに終了しました。
ホテルに直行するには早すぎるので、同じ妙高高原にある 『苗名滝 (なえなだき) 』 に寄ってみようと思います。

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今年は浅間山山頂は雲の中。

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太郎山は東側からの形が一番良いと、常思います。 (中央の三角の峰)

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薄曇りの割に遠目は利き、飯縄山や戸隠連山が見えます。 (小布施付近)

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妙高も見えています。 北信五岳 として長野県人にも古来なじみの深い山ですが、在所は新潟県なんですよね・・・ 長野県人としてはちょっぴり寂しい・・・

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妙高の西にある 火打(ひうち)山 に登りに行くとき通って以来、久々に通る道ですが、途中からびっくりするような良い道路が分かれて開いていました。
どうも、『苗名滝』 への専用道路のようです。 終点に広い駐車場がありました。

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滝への遊歩道を歩き始めてすぐ、つり橋を渡ります。 その右手には・・・

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まさか、これ? ではありません。


これは 「関川(せきかわ)1号砂防堰堤」。
平成7年7月の集中豪雨で
河岸が崩落したり登山道などが流されたりしたため、
新たに景観に配慮しつつ、整備されました。
先ほどの道路もそれに伴って新しくされたものでしょう。


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ダムの横の階段を上ってダムを越えると、本来の登山道に出ます。
登山道は未舗装の地道です。 よく踏まれていて整備され歩きやすいのですが、ヒールの女の子もいてびっくりします。 雨だとぬかるむでしょう。

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緑濃い道をしばらく歩くと滝が見えてきました。

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滝を見る男性と・・・犬は滝には関心無し・・・

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登山道から見えていたつり橋を渡ります。


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つり橋から下流を。 まだアカシアがつぼみでした。

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つり橋から滝を正面に眺めます。 

つり橋を渡ると、川原に下りることができます。

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岩の上まで伝って行く事ができますが、普通の靴なので(ヒールはありませんが)やめておきます。

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もう少し近づけるかもしれないと思い、つり橋を戻り、
右手に続く山道をさらに歩きます。


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傾斜がきつくなって履いてきた靴では無理になってきたので、 途中の滝がよく見える場所までにします。

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玄武岩の柱状節理がよく分かります。

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来た道を戻ってくると、砂防ダムに落ちる水しぶきで虹がかかっていました。

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遊歩道入り口のロッジで 「濃厚アイスクリーム」 を食べ、 冷たい山の水を飲んで、車に戻ります。

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見応えのある良い滝でした。 妙高がきれいに見えています。 頃合いも良し。 中腹のホテルにまっすぐ向かいます。 15分ほどで到着するはずです。
by spring-ephemeral | 2016-06-17 23:21 | おでかけ | Trackback | Comments(4)

上諏訪温泉へ

 今年(2016年)の初め、信濃毎日新聞に、奥蓼科の「蓼科温泉 親湯」 が諏訪湖のほとり、上諏訪温泉に新しい宿をプロデュースするという記事が載りました。

 「蓼科温泉 親湯」 は古くからある宿で、立ち寄りでお風呂に入ったことはあっても泊まったことはなかったのですが、
 以前、ブロ友さんのブログで、魅力的で洒落た宿に変身したのを拝見していましたから、その「親湯」がプロデュースするとなると大いに期待が持てるところです。
 オープンは6月ころということでしたので、まだ出来上がっていないであろうことは想像がつきますが、そろそろ内容の詳細が見えてくるころではなかろうかと、検索してみました。
 
 やはりその新しい宿はまだ工事中でしたが、 なんと、 『しんゆ』 という「親湯」プロデュースの別の宿を見つけてしまいました。
 「親湯」 はすでに上諏訪温泉に宿を一軒持っていたのでした
 どんな宿かとHPを覗いたところ、オープンしたのは2011年4月、良さそうな部屋があり、試しに空室状況を見てみると、空いているではありませんか!
 即決で予約してしまいました。

 上諏訪温泉には2度3度行ったことがあります。
 泊まった宿はどこも悪くはなかったのですが、もうひとつ魅かれる要素がなく、それからずっとスルーすることが続いてきました。
 どの温泉にもたいてい一軒くらいは気に入った宿がありますが、上諏訪温泉は空白区です。
 さて、空白を埋める一軒になるでしょうか。

<2016年5月14日>

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上諏訪へ行くには、新和田トンネルを抜け、142号線をまっすぐ進み、『木落とし坂』 の真下を通り
諏訪大社下社春宮
 の裏手を左に折れ、下社秋宮 の脇から20号線に出て、諏訪湖畔に出る、というのが最短で通常のルートですが、

この日、すなわち5月14日、15日は、7年に一度の 諏訪大社御柱祭 下社の 『里曳き』 の当日で、まさに 『里曳き』曳航ルートと重なるために通行できません。

142号を右折して「木落とし坂トンネル」を通る道が迂回路になります。

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トンネルにはいる直前、「木落とし坂」を見ることができます。
御柱の上に氏子が乗って豪快に滑り降りる、あの 木落とし が行われる坂です。

あっという間なので、写真はいつも失敗します。今回はかろうじてちょっとだけ写りました。
もう少し手前からなら坂がもっと良くわかるのですが・・・

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(トリミング)昔はただ坂になっているだけでしたが、上が公園のようになり、せり出した御柱のレプリカが置かれて臨場感が味わえるようになっているらしいのですが、残念ながら行ってみたことはありません。
白く横たわって見えるのがそのレプリカ。見にきているらしい人の姿があります。

宿のある上諏訪温泉へは、諏訪湖の西側からぐるっと遠回りすることになるので、通常より20分増しの時間がかかりました。








 
by spring-ephemeral | 2016-05-30 00:33 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

最後も六文銭で終わりました。

<2016年5月5日>

 高野山と九度山の旅から帰る日です。

 宿のチェックアウトは10時。
 チェックアウト後は部屋には留まれませんが、荷物をフロントに預けて入浴は可能です。
 ですが、支度を整えた後ですし、このまま帰ります。

 とはいうものの、まっすぐ橋本駅に行くには早すぎます。
 ちょっと時間を取り過ぎました。

 さて、どうしたものか・・・
 
 前日、車が停められず、素通りだった 『道の駅 柿の郷くどやま』 に寄ってみることにしました。

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紀ノ川にかかる 「高野参詣大橋」 を渡り、 続く柿の木畑の中の道を行き・・・この道を通るのは3度目? 4度目?

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10時をまだ15分しか過ぎていないのに、駐車場はもう満車! 交通整理のおじさんに教えてもらい、隣の体育館の駐車場へ。 枠外でしたが、どうにかスペースをみつけました。 
「道の駅」隣接の芝生の広場を横切っていくと、 2日後に行われる 「真田まつり」 の準備が進められているようでした。

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敷地は広いのですが、「道の駅」には野菜の産直所、 ベーカリー と、 イベントスペース、くらいでレストランなどは無し・・・

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ここで 『真田丸』 のパネル展を見ることになるとは! 

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上田のポスター発見。 一枚きり、どんな経緯でここに来たのでしょう。

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イタリア製のマシンで、和歌山特産の柑橘類のジュースを絞っていました。 一杯いただいて、さてそろそろ行きますか。

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周辺案内図に高野山朝石道がありました。

全体がここで初めて掴めました。

再訪するには遠いですが、
もし機会があったら、
歩いてみたい気もします。

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橋本駅に戻ってきました。

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着いたときには気づきませんでしたが、
いずこも同じ赤備えです。

d0264892_0532956.jpgd0264892_054529.jpg駅員さんも赤の陣羽織。
いずこも同じ・・・
上田では郵便局の方々が黒の陣羽織姿です。


今回の旅は、「真田」をキーワードに計画したものでしたが、
真田関連を横に置いても、 見どころが多く、たっぷり堪能できました。

弘法大師についても通り一遍の知識しかないままでしたが、 以前に 「空海」 の法名を得、修行を積んだといわれる四国・室戸を訪れているので、締めくくりができた気がします。

お天気にも恵まれ、良い旅になりました。
by spring-ephemeral | 2016-05-20 01:21 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

九度山 2 ~慈尊院 ・ 丹生菅省符神社 ・ 丹生都比売神社~

<2016年5月4日>

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高野山への表参道の入り口にあたる九度山は、高野山と深い繋がりがあり、世界遺産 「紀伊山地の霊場と参詣道」 に含まれる構成要素が点在しています。

今回はそれらの要素のうちの3ヶ所を巡ることになりました。

《慈尊院》

弘法大師が高野山を開くとき、庶務を司る政所や宿泊所を置いた 慈尊院 は、 後に弘法大師の母公が移り住みました。 弥勒菩薩を信仰した母公の没後、弥勒堂が建立され、 「女人高野」 として信仰を集めます。

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拝殿の向こう側に 弥勒堂があります。 国宝 弥勒菩薩像 は見ることができません。
弥勒堂の前には「弥勒石」があり、絵馬がたくさん奉納されています。 乳房の絵馬は女性が手作りして奉納します。 安産祈願や、母乳がでるようにという祈願をはじめ、女性の病気平癒や健康祈願といった「女人高野」に因んだ願い事をされる方が多く訪れるそうです。

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西側の門は古く、左右の土塀は和歌山県内でも古い土塀だそうです。

土塀に沿って道が続いていますが、この道が 「高野山朝石道(ちょういしみち) 」 (世界遺産) です。
この「慈尊院」 から、 高野山上(壇上伽藍)まで、約22キロに、180基の朝石(ちょういし) が1朝(約109メートル)ごとに立てられています。 徒歩約7時間の行程で、古の人々は皆この町石道を通って高野山を参詣したそうです。

不勉強で、実は当地に行くまで知らず、高野山では見逃していました。
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拝殿の右にある多宝塔は県指定の文化財です。 その奥に石段が見えますが、 『丹生官省符神社』 に上る石段です。

《丹生官省符(にうかんしょうふ)神社》

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d0264892_041857.jpg119段の石段を上った先にある 丹生官省符(にうかんしょうふ)神社 は
弘法大師が創建したと伝わる社で、
守り神として地元にゆかりの
丹生都比売(にうつひめ)・高野御子の2神を祀ります。

境内から高野山を望むことができます。

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《丹生都比売(にうつひめ)神社》

丹生都比売(にうつひめ)神社』 は九度山から車で30分、天野というところにあります。 上の地図では左下の欄外あたりで、少し離れたところにあるため、時間があれば、と思ってはいたのですが、ある理由のため、足を伸ばすことになりました。

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九度山は 柿 の産地です。 見渡す限り、というと大げさですが、それほどに柿の木畑が広がっています。

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あっという間に道は高台へ、山の中へ。 「こんなところになにかあるのか?」 とツレアイも不安げですが・・・

d0264892_028661.jpgひと山越えると、突然集落が現れました。










丹生都比売神社 はこの集落の入り口にありました。


丹生都比売神社 は弘法大師を高野山へ導いたとされる 丹生都比売(にうつひめ) を祀る古い神社です。 
太鼓橋、楼門、社殿は重要文化財です。
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社殿を横から拝し、太鼓橋の脇を通って戻ります。
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さて、ここまで来たのは、昼食を摂ろうと思ったからなのですが・・・
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白州正子さんともゆかりがあるというこちらの古民家カフェで食事を、と思っていたのですが、
ラストオーダーより1時間以上前というのに、売り切れでした・・・残念・・・

実際には3番目の丹生都比売神社を先に訪れました。
というのも、お昼を食べるところが無かったためなのです。 

高野山から九度山まで2つほどドライブインがありましたが、その他に食堂が見当たらず、九度山には人気の蕎麦屋さんがありますが、 とんでもない数のウェイティングリストで断念。

ならば道の駅に、と思ったのですが、第一、第二、第三、第四駐車場まで満車。 さらに遠くの駐車場になりそうなので、それもあきらめ、
慈尊院を先に拝観しようとすると、ここも車を停められず・・・

ひとつ当てがあったのが、事前に一応チェックしてあった丹生都比売神社近くのカフェでした。
ところがここも・・・

とにかく、食べるところがありませんでした。 仕方なく、車で30分、九度山の隣の かつらぎ町の 道の駅 『紀ノ川 万葉の里』まで下りて、ようやくお昼を食べることができました。
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ラーメンは可も無し不可も無し。 紀ノ川を眺め、時計を見ると・・・宿はすぐそこです。 まだ1時間以上早い。

というわけで、再び九度山まで15分戻り、『慈尊院』 と 『丹生官省符神社』 を見ることができた、という次第です。

宿は 『かつらぎ温泉 八風の湯 別館』。 また かつらぎ町 に戻ってきます。  

狭い範囲ではありますが、行ったり来たり、右往左往の九度山でした。
by spring-ephemeral | 2016-05-17 01:28 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

九度山 1 ~真田庵~

<2016年5月4日>

高野山からふもとの九度山に向かいます。

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稜線だけ見ると、なだらかですが、谷は深く急峻です。

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高野山は長野の松本とだいたい同じ標高ですが、 少し下ったところでは長野より季節は先に進んでいるようでした。

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我が家が降りた 橋本 の一つ先、終点の 極楽橋 へ続く南海高野線の橋梁。

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高野山から車でおおよそ45分。 九度山にやってきました。

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九度山駐車場 に運良く停められました。 我が家の後、すぐに空き待ちの列ができました。 (高野山は右下の方向)

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駐車場から5分ほど。 細い路地を上がっていくと 『真田庵』 がありました。 

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行ってびっくり! どこから人が現れたのか、湧いたのか! 人、人、人・・・
さらには境内は幡、幡、幡・・・で囲まれています。 いや、すごい! 上田の比ではありません。

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提灯にも六文銭。

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真田昌幸・幸村(信繁)が暮らした屋敷跡に建つ小さな寺で、見てまわる、というほどの広さはありません。 あっという間に門から出てしまいました。

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こちらが正門だったようです。

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d0264892_1572367.jpgおりしも3日後の5月7日、8日は九度山の 「真田まつり」。
家ごとに提灯や飾りが下がっています。

パンフレットによると、
まつり には 武者行列が練り歩き、真田十勇士 が大人気 とのこと。
デジャブ のような・・・
なんだか妙な気持ちです。

「真田庵」から細い路地を歩くこと数分。
真田の抜け穴、といわれていた 真田井戸に着きました。

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幸村が村人たちを呼んでの宴の最中、この抜け穴を通って屋敷を抜け出し、九度山を脱出して大阪城に向かった、 と言われる 「真田井戸」 で、実際に横穴が見えますが、 実は「古墳」であったことがわかっています。
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なんとなくここまで来てしまいましたが、 真田昌幸の墓所が寺にあるはずです。 『真田庵』に戻ります。

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本堂の前に小さなお社があり、傍らに 昌幸のお墓が、 その奥に幸村と、幸村の長男大助の供養塔がありました。

真田父子の九度山での暮らしは困窮し、兄信之や姉の松からの仕送りが頼りだったそうです。
暮らしの助けにと、この九度山の地で父子が内職で 真田紐 を作っていたといわれています。

川があり、山があり、河岸段丘でもあるこの地は、信州真田に少し似ているでしょうか。
父昌幸は、二度と九度山を出られることはなく、失意のうちにこの世を去りました。
今日の真田人気と、訪れる人の多さに、昌幸はさぞ驚いていることでしょう。

さて、九度山は真田父子が隠棲した地、というだけでなく、高野山との繋がりの上でたいへん重要な地でもあることが訪れてみてわかりました。
次回は、高野山に繋がる九度山を歩いてみます。
by spring-ephemeral | 2016-05-14 02:43 | おでかけ | Trackback | Comments(6)

高野山 5 ~蓮華定院~

<2016年5月4日>

  『蓮華定院』 は 高野山の中でも忘れずに訪れておきたいところでした。

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「女人堂」のほど近く、高野山内の北のはずれに所在します。

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関が原の戦いの後、高野山に蟄居を命ぜられた真田昌幸・信繁(幸村)父子が、最初に身を寄せた寺です。

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上田をはるか離れた高野山の山中で見る 六文銭 に感慨ひとしおです。

宿坊でもあり、内部は一般には公開されていません。
縁起によれば、現在の本堂と庫裏は萬延年間に真田家によって再建されたものとのことです。

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墓所はお隣のお寺との間の細い道を、お寺の裏手に登ったところにあります。
ここには、松代藩の初代藩主になった、真田信之と、二代藩主の信政の供養塔があります。
今でも年2回、子孫の方がお参りに来られるそうです。

徳川方についた信之は、第二次上田合戦や、大阪の陣での昌幸、幸村(信繁)の活躍のおかげで、日々針のむしろであったことは想像に難くありません。
そのような状況を耐えたのですから、きっと実直で、真面目な人柄であったのでしょう。
当時の人としては92歳という長命で、徳川将軍4代に仕え、晩年は相談役のように慕われ、一目置かれていたと伝わっています。
お父さんと弟の分まで生き、真田の名を後世に残す礎となったのですから、お兄ちゃんは偉かった、と思います。

さて、ここまで来たら 「女人堂」 までそう遠くないのですが、上り坂ですし、目的は達せましたので、車に戻り、九度山へ下りることにします。

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by spring-ephemeral | 2016-05-13 00:31 | おでかけ | Trackback | Comments(2)