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『笹屋ホテル 豊年虫』 再び 2017年3月

<2017年3月18日>

 実は来週に出かける予定をしていたのですが、
 一家でちょっとしたおよばれに出席することになり、ひと月前にやむなく予定はキャンセル
 がっかりしたのはツレアイで、「なんとか前後に移せないかなあ・・・」 つぶやくことしきり。
 そこで、JTBに出向いたのですが・・・
 キャンセル前のところはとれず、別のところに翌週行くことにしました。
 当初の予定より1週間先延ばしになることになって、ツレアイは諦めきれない様子。
 しかし、前の週(すなわちまさしく今回ですが)は春の3連休。 ここはと思うところはどこも空いていません。

 ですが、ひとつ、もしかしたら、と思うところがありました。
 上山田温泉 『笹屋ホテル』 の離れ、『豊年虫』 です。 
 というのも、昔から、個人でもJTBを通しても、直接尋ねると、本館が満室でも 「離れでしたら空いています」 という場合がしばしばあるのです。
 どの宿も、旅行会社などに提供する部屋のほかに自分のところで確保している部屋がありますが、『笹屋ホテル』 の場合は「離れ」のようなのです。
 そこでHPをチェックしてみると・・・離れ 『豊年虫』 の部屋にまだ空きがありました。
 1月に行ったばかりですし、料理も同じかもしれませんが、ツレアイに聞くと、「それでもいいから行く」 と言うので、
 改めて直接電話をして予約しました。

 『豊年虫』 はそれぞれに設えの違う部屋が全8室。 前回は 「梅の間」 でしたからせめて違う部屋を、と伺うと、空いているのは3部屋で、その中から 「蘭の間」 を選びました。
 まだ、HPから予約すると(HPを見ながらと伝えれば電話でも)10%引きになる期間中なのも幸いです。
 
 『豊年虫』 は登録有形文化財に指定されていて、それぞれ部屋の意匠にも特徴があるようで、解説書が置いてあります。

 今回宿泊する 「蘭の間」 の間取りと説明の一部を解説書から。

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縁の無かった『豊年虫』に、立て続けに縁ができるとは!
伝統的な建築にことさら興味があるわけでもないのですが、今まで立ち入ることが無かっただけに新鮮でもあります。
1月と料理が違うのかどうかも関心のあるところです。
by spring-ephemeral | 2017-03-20 02:06 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(6)

 『七草の湯』 2015年1月 ~寒湯~


 日にちが前後しますが、1月17日、母と別所温泉 『七草の湯』 に行きました。

 「寒湯にちょうどいいねえ」 と母。

 「寒湯」なんて言葉、久しぶりに聞いて笑みがこぼれます。
 「寒湯治」ともいうようですが、
 寒の寒い時期に温泉に入って健康維持や、疲労回復を図る風習といったら良いのでしょうか、
 全国的なものかどうかはわかりませんが、
 寒くて、しかも温泉が豊富な長野では、時宜にかなった習慣です。

 母が子供のころは、母の母や、母の祖母らとともに、寒には温泉に行ったそうです。
 両親は、共に、長野市の東、須坂が実家です。
 近い温泉といえば湯田中。 
 寒湯は湯田中の、今はもうないという旅館で自炊。 まさしく湯治だったとか。

 思い返せば、私が子供のころ、別所温泉に行くのは冬が多かった気がします。
 毎年というわけではありませんでしたが、たまには「寒湯」に、別所に家族で行ったのでしょう。

 そのころは『七草の湯』 はまだ存在していず、
 『中松屋』 がいつも行く旅館でした。 創業280年になる老舗の宿です。
 お風呂をおぼろげに覚えています。 明るい浴室に丸い湯船があって、さらさらとお湯が流れていました。
 今は7階建になって、最上階に大浴場があります。
 浴室や露天風呂からの眺めは、今から訪ねる 『七草の湯』 よりも良いです。
 部屋も食事も悪くなく、我が家ではずっと利用していた宿でしたが、
 3年ほど前、初めて 『七草の湯』 の露天付きの部屋に泊まって以来、母は、その、部屋付きの露天風呂がすっかり気に入ってしまい、
 別所温泉の第一希望は 『七草の湯』 になりました。

 今回も 『七草の湯』 がとれなかったら 『中松屋』 も考えていたのですが、
 幸い、希望の部屋がとれました。

 母の思い出話を聞いているうちに到着です。
 途中、一番の渋滞個所を迂回する近道ができたおかげもあって、
 我が家からは、20分もあれば着いてしまうくらい近くなりました。
 あまり近いので、よほどのことがない限り泊まりに来る感覚にならないのですが、
 この近さが母にはかえって楽で、良いみたいです。

 当日は、雪混じりの北風が吹く、寒にふさわしい、寒い日になりました。
 温泉に来るべき日、だったのかもしれません。
 

 
 


 
by spring-ephemeral | 2015-01-24 02:13 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(6)

別所温泉 『玉屋旅館』 前置き

<11月23日>
 一週間の出張から帰ってきたら、温泉に行きたいとツレアイが言うので、JTBに行ってみたのですが、
 日程がなかなか定まらなかったため、出足が遅れて、最初、23日は思うところがとれませんでした。
 29日なら、ということで、29日に湯田中温泉に宿をとったのですが、
 その29日に同級会開催の案内が届きました。
 同級会に出たいので、やっぱり23日にどこかないかなあ・・・というツレアイの希望を叶えるべく、またJTBへ。
 
 最初に出向いたときでさえなかったのですから、ひと月を切って、空きがあるとは思えません。 
 それに、帰ってきた翌日なので、近いところという条件つき。
 それでも、動いたかもしれないので、一通り思いつく宿を見てもらったのですが、どこも満室。

 そりゃそうです。 だって、23日は3連休の真ん中ですもの・・・

 こうなれば、別所温泉でも。
 別所温泉は、良い温泉ですが、なにせ、近い。
 バスや電車で行かなければならなかった幼少のころなら、多少の旅気分はあったにしても、
 今では、家から車で30分もかからずに着いてしまいます。
 近すぎて、泊まりに行く感覚や気分にならないのですが、そうも言っていられません。
 そうはいっても、鄙びた温泉とはいえ、別所だって、めぼしい宿に空室は無し。

 実は、別所温泉には、ある意味とっておきの宿があるのです。

 2008年5月でした。
 出張後ではなかったのですが、ツレアイが、温泉に行きたいと、やはり急に言い出しました。
 「別所でもいいからさ」 というので、さっそくJTBへ。 しかし、行きたいところはすでに満室。
 どこかないかしら、と相談すると、JTBのT嬢が教えてくれたのが、玉屋旅館でした。
 「リニューアルになった玉屋旅館さんが、料金の割にいいんですよ。」

 ブログを始める前、宿泊した宿の印象や気になったことをノートに書いていました。
 ノートによると、(連休などではない、普通の土曜日で)料金は17500円。
 枕が選べて、足袋が付き、朝刊も届く。 20000円以上の価値あり。 期待度80なら満足度100。 などとあります。
 印象がかなり良かったので、その翌年、もう一度宿泊していました。

 玉屋旅館は、その後次第に人気が出て、だんだん予約がとりにくくなっていました。
 今回も、案の定、満室だったのですが、ひとつ気になったことがありました。
 HPによると、和洋室が1室あるのですが、空室状況にも、料金表にも出てこないのです。
 和洋室があるなんて知りませんでしたし、JTBでさえ知らなかったというのです。
 「電話で聞いてみるしかないですね」 と、JTB嬢が宿に聞いてみると、1室しかない部屋なので、オンラインではなく、電話でのみ対応なのだそうです。
 従って、予約も電話でのみ。
 ちなみに23日は、と尋ねると、空いているとのこと。 これはラッキー。
 さっそく予約してもらいました。

 簡単な前置きのつもりがすっかり長くなってしまいました。
 かくして、5年ぶりに玉屋旅館さんに行くことになりました。 さて、5年前の印象とどう変わったでしょうか。

 そうそう、最初にとった湯田中温泉ですが、せっかくとれたのにキャンセルするに忍びなく、母と行くことにしました。

※ 玉屋旅館さんは2015年3月、全室リニューアルオープンされました。 記事の内容が合わなくなりましたので、続く本編は消します。
 
 
 
 
 
 
by spring-ephemeral | 2014-12-02 02:06 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(6)

『大丸温泉旅館』 エピローグ 

 大丸温泉旅館を教えてくれたのは、JTBのU嬢でした。
 かれこれ15年近く前になります。
 せっせと山登りをしていたころでした。
 「那須の山に登るのに、前夜泊したいので、できるだけ山に近いところの宿を探してほしい」
 その日担当してくれたU嬢にそう切り出しました。
 初めにU嬢が勧めてくれたのは、那須湯本の郊外の、高台にあるホテルでした。
 もう少し高い場所にないのかなあ?
 「どんなところでもいいの。 できるだけ登山口に近いところに泊まりたいの」
 食い下がると、ちょっと言いよどみながら、「一軒、あります」 と言います。
 心当たりはあるけれど、気に入ってもらえるか心配、というような、迷いが浮かぶ表情で、
 「そこは、JTBと契約があるにはあるのですが、温泉の旅館というイメージとはちょっと違って、山の中の秘湯と言われる温泉で、あまり行かれる方もなく、お気に召すかどうか・・・そこでよければ・・・」
 それが大丸温泉旅館でした。
 「私、個人的には、とても好きなんです」。U嬢は控え目にそう付け加えました。

 その時も10月でした。
 10日が「体育の日」と決まっていたころで、ちょうど金曜日にあたり、金、土、日、と3連休になりました。
 初日に会津磐梯山に登り、翌日に西吾妻山。 
 西吾妻山を下山した足で、東北自動車道を一気に那須まで南下する計画で、
 予定では、十分時間に余裕があり、遅くても午後5時ごろには大丸温泉旅館に着くはずでした。

 東北自動車道に乗るまでは順調でした。
 ところが秋の行楽シーズンです。 高速はところどころで渋滞し、遅々として進まず、時間だけが過ぎていく有り様。
 那須インターに着いたときには、日は落ち、あたりはすでに暗くなっていました。
 当時はレンタカーにカーナビはついていず、私が地図を見ながらナビの役目をしていたのですが、車内灯の下では地図も見にくく、暗くなってしまってはあたりの様子もわかりません。
 街路灯の下に車を停め、ツレアイの携帯電話で宿に連絡をとりました。 事情を説明し、宿までの道順を聞きました。
 インターから出たら、国道7号を那須湯本方面に。 広谷地の信号を直進し、那須湯本の温泉街へ・・・
 さて、そこからです。
 「・・・那須湯本の温泉街を抜けたら、道なりにまっすぐ、どんどん上ってきてくだい。 途中、ぽつん、ぽつんと明かりが見えて、ホテルが現れますが、全部通り過ぎてください。 最後のホテルを通り過ぎたら、建物はなくなって真っ暗な道になりますが、そのまま上ってきてくさだい。やがてこれ以上進めないというところに来ます。 そうすると、その右手にあります。」
 教えてもらった通りに車を進めていき、那須湯本の温泉街に入り、温泉街を抜けると、とたんに明かりは減りました。
 とっぷりと日は暮れ、あたりは暗闇に包まれています。
 すると、先のほうに明かりが見え、近づくとホテルが現れます。
 通り過ぎるとまた暗くなり、しばらくすると、もうひとつ明かりが・・・
 「これが最後のホテルかなあ」
 「あ、また明かりが見える」
 そんな会話を2度3度繰り返しているうち、いつのまにか最後のホテルを通り過ぎたらしく、あたりは真っ暗になりました。 
 下りてくる車もなく、我が家の車の、上向きのライトが照らす道だけが視界にあります。
 「ほんとに行き着けるんだろうな」 
 「教えてもらったとおりだから、大丈夫よ」
 ライトの光がフェードアウトする、その先の暗闇を凝視しながら、ひたすら道を上りました。
 那須湯本の温泉街から距離にすれば5キロあるかないかくらいだと思うのですが、まだかまだかと走っていると、
 やがて、道の先に少しまとまった明かりが見え、近づくとロータリーのような広場に出ました。 おや? と思ったら、ツレアイが急に車を停めました。
 道がゲートで閉じられ、それ以上進めません。
 実は、その先は那須ロープウェイに続く道で、今では無料開放されていますが、そのころはまだ有料道路で、営業時間が終わると、ゲートが閉められるのでした。
 「これ以上進めないところ」 というのはこのことか。 とすると、右手に・・・
 右手に「大丸温泉旅館」と書かれた大きな看板がありました。

 「お疲れ様でした。 大変でしたねえ」 と宿の方が迎えてくれました。 すでに7時を回っていたと思います。
 その日は高速だけでなく、私たちが通ってきた大丸までの道も大渋滞になり、宿にたどり着けない従業員の方もいて、宿にとっても大変な日だったのだそうです。
 我が家の部屋は本館2階、玄関の上の2つほど横の部屋でした。 そのころ客室は本館だけだったような気がします。
 山の中の秘湯と聞いていましたから、泊まれればそれで十分くらいの、あまり大きな期待も持たずにやってきたのが正直なところでした。
 遅くなったので、食事を先にしたのか、さっとでもお風呂を先にしたのか、覚えていませんが、川が湯量豊富な温泉で、そのまま湯船になっているお風呂には驚きましたし、
 海のもの、山のものがとりいれられた料理は、「心づくし」という言葉がこれほどぴったり当てはまる料理はほかにないとさえ、思えてしまうものでした。
 当時、まだ、ワインなど置いていないお宿もある中で、ワインクーラーに収まったワインも出てきました。
 「内緒にしておきたいね。」
 我が家のとっておきの宿になりました。

 この宿のお湯が那須の御用邸にひかれていること、乃木希典将軍ゆかりの宿であることを、この時聞きました。 
 「乃木将軍にまつわる品物や、お部屋が残ってはいるのですが、なにぶん古くなってしまって、使えない状態なんです」
 宿の方がそんな話をされ、事実、フロントの右手奥には廊下が延びていましたが、暗く、宿泊には使われていないのがわかりました。
 宿の方も、「いずれはなんとかみなさんにお見せできれば、と思うのですが」とおっしゃっていたのを覚えています。

 内緒にしておきたい思ってもそうはいきません。次第に知られるようになり、雑誌にも載り、テレビでも紹介されるようになりました。
 それに伴って、予約もとりにくくなりました。
 2度目の時はなんとかとれた予約も、その次にはとれず、キャンセル待ちをしてもキャンセルが出なくなりました。

 およそ10年ぶりに訪れた宿は、新しい部屋のある大きな別館ができていましたが、玄関のある本館の佇まいは以前のままにありました。
 しかし、中に入ると、暗かった廊下はなくなり、ロビーが広くなって、乃木将軍ゆかりの品々も展示されています。
 思わず、「きれいになりましたね」 と感慨をこめた言葉がでてしまいました。
 
 館内は新しくなりましたが、豊かな温泉や、心づくしの料理の質が変わっていなかったことにほっとしました。

 好きな宿が、大きく立派に変わっていくのは嬉しくもあり、誇らしくもあります。
 その一方で、きれいに、モダンに変身し、手元から2歩3歩、離れて行ってしまわれたような、ふわりとした寂しさもまた胸をよぎったのでした。

 初めて宿泊したとき、おみやげをもらいました。 たしか、地元のもので、記念に、というようなことだったと思うのですが、手作りの箸置きでした。
 ふだんは気に留めることもないのですが、ブログをまとめながら、ことさらに印象深かった宿との出会いを思い出し、棚から出してみました。
 
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by spring-ephemeral | 2014-10-27 01:51 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(10)

閑話休題 ~回想・城ヶ倉の出来事~

 八甲田山のふもとにある城ヶ倉温泉「ホテル城ヶ倉」に初めて行ったのは1999年のことでした。
 八甲田山に登って、下山後に、一泊したと記憶しています。
 ロッジ風のホテルで、高アルカリ泉のお湯も良く、山の中とはいえ、工夫された料理も良くて、とても気に入り、
 その後2度、八甲田界隈を訪れたときも、2泊のうちの1泊はこのホテルに宿泊しました。

 2010年、その3度目、すなわち、前回宿泊したときのことです。
 JTBを通じて、過去2回と同じ、メゾネットですが、スタンダードの部屋を予約してありました。
 到着してフロントでチェックインの手続きをし、部屋に案内してもらうと、なんと特別室。 ホテルのほうでアップグレードしてくださっていたのです。
 2階のつきあたり、ドアを開けると、玄関の左側に茶室のついた和室。
 こちらに、と通されたのは、右側のリビング。 
 RxRでブログを始めてはいましたが、今ほど写真に慣れていなかったので、ホテルでの写真は少ないのですが、わずかばかり撮っていました。
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これがそのリビング。
真ん中に、ストーブを囲んで大きなテーブルがでん、とあり、座椅子が6脚ほど。

リビングの手前、1段下がったところにはフル装備のキッチン。
奥に見える階段を昇ると、
メゾネットの寝室になっていて、
ベッドが3台並んでいました。

定員はきっと最低でも6人くらいだったろうと思います。 そこをふたりで使うのですから、
広すぎて落ち着かないくらいです。

当時、この特別室にだけ、温泉展望風呂が備わっていました。
城ヶ倉は、冬、積雪の深さで必ずニュースに登場する酸ヶ湯から車で数分のところ、同じくらいの雪でしょうから、露天風呂にはしておけないのでしょうね。

せっかくついている展望風呂ですから、使わない理由はありません。
ツレアイがお湯を張りに行ったのですが、
「黒い水が出る」と、私を呼びにきました。
浴室に行ってみると、蛇口からは炭の粉を溶いたような真っ黒なお湯が出ているではありませんか。 びっくりしていったん止めました。
これじゃあ使えないから、フロントに言おうか、とツレアイが言います。 しかし、この部屋を指定したわけではなく、ホテルの好意でアップグレードになっただけですから、それも言いにくい話です。
それに、洗面のお湯にも異常はなく、そのほかの水回りも、おかしな現象は全くありません。 変なのは浴槽のお湯だけです。
 そこで、気が付きました。 これは、長い間使われていなかったからだと。 それも、相当長いこと、お湯を出したことがないに違いありません。
 それなら、滞っている配管の中がきれいになれば、きれいなお湯になるはずです。
 蛇口を全開にしてしばらく出しっ放しにしておくことにしました。
 あとからあとから、真っ黒なお湯がじゃんじゃん出てきます。 見ていてもしかたがないので、出しっ放しのままにしておきました。
 ツレアイがときどき見に行っては「まだ黒いなあ」と戻ってきます。
 かれこれ1時間も出していたでしょうか、ようやく透き通ったお湯になってきました。
 試しに浴槽の栓をして溜めてみましたが、まだ濁りがあって底に「おり」が沈みます。
 栓をぬき、お湯を抜いて、浴槽をきれいに掃除し、また出しっ放しに。
 それを何度が繰り返しているうち、やっと、すっかりきれいなお湯になりました。
 新鮮な温泉の気持ちの良かったこと。
 宿でお風呂掃除をしたのは後にも先にもこのときだけです。

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10月初旬、
ブナの黄葉が始まっていました。

 この時の宿泊では、ハプニングはこれだけではありませんでした。

 部屋がアップグレードになれば、部屋についている食事もアップグレードになる勘定です。
 フジツボの酒蒸しや、いちご煮のついた、美味しい夕食をいただき、すっかり良い気分に。
 部屋に戻り、きれいにしたお湯に浸かって気持ちよくベッドに潜り込めるはずでしたが・・・

 メゾネットの寝室に上がったことろにある、窓のカーテンを閉めようとしました。
 背の高い窓で、横に下がっている紐を引くと、カーテンが閉まる仕組みです。
 ところがなにかが引っかかっているらしく、閉まりません。 
 私が紐を引っ張ったり緩めたり、いろいろしているところにツレアイがきて、「かしてみろ」と言うと、私が無理しちゃダメだというのに、ワインの酔いも手伝って、力任せに紐を引いたものですから、
 バキっという音とともに、カーテンをカーテンレールに下げるフックが割れて、カーテンが垂れ下がってしまいました。
 幸いカーテンは破れませんでしたし、カーテンレールも壊れませんでしたが、「だから、無理しないでって言ったのに」と私。 「だいたいカーテンが閉まらないのが悪い」とツレアイ。 
 せっかくの良い気分に気まずさが漂った寝入りばなでした。

 翌日、チエックアウトのとき、実は、とカーテンの件を打ち明けました。
 「カーテンのフックが割れてしまって・・・」 と説明すると、
 「それはご迷惑をおかけして、たいへん申し訳ありませんでした」 と反対に丁重に詫びられ、かえってこちらが恐縮してしまったのでした。

 お風呂掃除のこと? それは言わずに帰ってきました。 

 それから4年経ちました。
 今回の青森旅行で、鰺ヶ沢に泊まったあと、もう一泊をどこにしようか考えながらパンフレットを見ていると、
「城ヶ倉」の文字が見当たらないことに気がつきました。
 よくよく見ると、「城ヶ倉」 が 「Jogakura」 とローマ字に変わっていたのです。
 検索したところ、ホテルがリニューアルされたようでした。 あとで伺ったのですが、新幹線が青森まで開通したのに合わせて手直しされたのだそうです。
 一室しかなかった温泉展望風呂付きの部屋が新たに数室増えていました。
 私たちがお風呂掃除をして、カーテンを壊した特別室は、間取りはそのままに、リビングと寝室の設えが変わってロイヤルスイートのツインになっていました。
 もともと好きなホテルです。 かの日の出来事もなつかしく、また行きたくなって、二泊目の宿に決めました。
 どうせなら、あの部屋に再び泊まろうかとも思ったのですが、 おそらく使わないままになるであろう和室はもったいないし、
 せっかくリニューアルになったのですから、新しくお目見えした部屋に泊まってみることにしたのでした。

 
 
 
 


 
by spring-ephemeral | 2014-09-28 00:43 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(6)

番外編 鮮明な記憶

<8月15日>

 下呂温泉からの帰途にもう一泊しようと思い、高山方面と、中央道方面のそれぞれに宿を探してもらいました。
 高山方面では福地温泉に、中央道方面では、昼神温泉の 『石苔亭いしだ』 さんと天竜峡温泉の 『不動温泉佐和屋』 さんにひと部屋ずつ空きがあるということでした。
 福地温泉には月初めに行ったばかりですし(私だけですが)、『佐和屋』さんには2012年に行っていますので(http://aprilmoon.exblog.jp/16704435)
 『石苔亭 いしだ』 さんにしました。

 『石苔亭 いしだ』 さんというと、鮮明に思い出す情景と感覚の記憶があります。

 『いしだ』 さんに前回伺ったのは、忘れもしません、2011年の3月のことでした。 そう、あの東日本大震災のすぐ後です。 
 日本中が自粛ムードの雰囲気にありましたが、予約のキャンセルはしませんでした。
 曇りで小雨模様の日でした。 
 ただでさえ気持ちが沈みがちなうえに、よせばよかったと思わせるような暗い空。 
 ツレアイとの会話も途切れがちでした。
 ガソリンが品不足で、一回10リットルしか入れられない状況のもと、
 中央道では、「災害派遣」と書かれた幕をつけた、大阪ナンバーや奈良ナンバーの車の一団が反対車線を通っていきます。
 現実に背を向けて逃げ出しているかのような後ろめたさを感じながら、ひたすら走りました。
 そんな中着いた『いしだ』さんでしたが、門をくぐって玄関を入ると、そこには、こんな場所があるのだ、と戸惑うほど、穏やかで落ち着いた空気が満ちていて、 
 今にして思えば大げさに感じますが、まるで、震災など起こらなかった、もうひとつの時間が流れる世界に、時空を超えて紛れ込んだかのような、不思議な感覚でした。
 そして、震災や、福島の原発事故で日本はどうなっていくのだろうという、言い知れぬ不安や恐れからしばし逃れて過ごした一晩は、心癒されるひとときでした。

 そのころはまだRxRの中だけのブログで、『いしだ』さんでの写真を撮った記憶はあるのですが、さすがにアップをするのははばかられて、アップはしないままだった気がします。

 駄文を連ねました。
 
 今回の滞在記と係りはないのですが、
 記憶の一片として、いつか、どこかに文章にして残しておきたいと思っていました。

 『石苔亭 いしだ』 さんに再び訪れる機会が巡ってきましたので、短い一篇としようと思いました。


 
 
 
  
by spring-ephemeral | 2014-08-24 01:53 | お宿ものがたり | Trackback | Comments(8)